このホームページはJavaScriptを使用しています
 公益社団法人隊友会愛媛県隊友会 公益社団法人隊友会愛媛県隊友会 文字サイズ変更
小 中 大

トップ > 活動報告 > 令和4年度 > 令和4年度10月

令和4年度10月

松山市総合防災訓練 10月30日(日)松山市立東中学校






 竹内語担当理事役以下会員6名を派遣しました。

第110教育大隊10km行進訓練激励 10月17(月)・18日(火) 松山市北梅本町の松山市農業指導センター脇

 新隊員の行進訓練が実施され、会員多数が激励をしました。

令和4年度愛媛県隊友会慰霊祭 10月16日(日) 愛媛縣護國神社





 今年も新型コロナ禍で、会長以下役員16名で慰霊祭を実施しました。

四国地区殉職自衛隊員追悼式 10月15日(土) 陸上自衛隊善通寺駐屯地

 追悼式が実施され、会長出席しました。

齢96・警察予備隊の思い出 10月15日 隊友掲載

愛媛県隊友会 松山小野支部 北梅本分会 佐伯恒

 自衛隊の前身、警察予備隊が創設されて7 2年、当時のことを知らない会員の方に何か参考になればと思い立ち、筆を執っています。
昭和25年9月26日、24歳の時、警察予備隊入隊のため広島県大竹市の警察学校へ行き、翌日警察官から説明を受け、茶色のジャンパーの制服、戦闘帽、半長靴と下着を支給された。5桁の数字を書いた紙を「これは君の認識番号で大切な数字だから覚えなさい」と渡され、2日後列車で京都府宇治市大久保へ、20日後広島県福山駐屯地(昭和41年廃止)へ移動した。
 各人の階級が決まっていないため、「中隊長、小隊長」と書いた布を左腕に巻いていた。給料は暫定の全員月4,500円、独身の私たちは足りたが、妻世帯者は足りず困っていた。まもなく幹部試験があり旧軍の将校の方が受験し、ほとんど旧軍どおりの階級に決まった。筆記試験のみだった。後日曹士の試験があった。筆話試験はなく、新任幹部が試験官となった面接試験のみ。旧軍1等兵の私は警査長(陸士長)に任命された。給料は階級相応の額が支給された。
 隊員の教育に教範はなく、幹部が米軍顧問団から教えてもらい、翌日隊員に教えた。その後、姫路部隊で勤務中に2年の満期が来た。約束の退職金6万円(当時としては大金)が支給され半数ほどの者は退職したが、私は継続勤務した。自衛隊勤務となり定年5年前に郷里の町の部隊へ帰り、昭和51年7月、50歳で定年退官した。在隊27年、温かい上司同僚に恵まれ、楽しく充実した勤務ができ幸せだった。6回転勤したが、転勤先周辺を見聞し、隊員、地域の大勢の方と出会い、温かい絆ができたことも良い思い出である。

第110教育大隊一般陸曹候補生他の入隊式 10月2日(日) 陸上自衛隊松山駐屯地

 一般陸曹候補生他の入隊式が実施され、会長出席しました。