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令和元年度12月

硫黄島戦没者遺骨収集(第2回派遣)に参加して 12月15日(日) 隊友掲載

愛媛県東温東支部 兒嶋典博

 私は9月24日から10月8日の間硫黄島において、先の大戦で亡くなられた日本人戦没者遺骨収集活動に参加しました。厚生労働省職員の統制の下、今回の派遣には(一社)日本戦没者遺骨収集推進協会や日本遺族会等から32名(隊友会からは2名)が参加しました。
 遺骨収集活動の場所はC234、C235と区画された島北部の壕内と地表、及び地下壕1という空港滑走路下の壕内です。手掘りにより土砂を排除して遺骨の所在確認を行い、発見した遺骨の収容を行うものでした。
 壕内は高湿多湿なため、作業要領は1租8名の2組で15分から20分間の作業と休憩を交代しながら繰り返し行いました。80年間流入堆積した土砂を当時の底が見えるまで取り除き確認します。ご遺骨の周りには硝子瓶、靴、無線機や小銃弾等が共に埋没していますが、所有者を特定できる遺留品も収集の対象となります。
 宿泊は米軍兵士用の居住隊舎の個室をあてがわれ、食事は島の施設維持管理を請け負っている鹿島建設の食堂で美味しく腹一杯食べ、翌日の作業体力を回復できました。休養日には島の戦跡や記念碑を巡りました。今回収集したご遺骨は身元不明として今年度末に千鳥ヶ淵墓苑に埋葬される予定です。
 硫黄島は米軍にとって日本本土を空襲する爆撃機の発着場及び整備場としての役割を持つもので、米軍は1944年2月16日島への攻撃準備射撃を開始し、17日上陸予定地点お東海岸を現地調査、19日早朝から主力部隊を上陸させて海岸堡を築き、20日島の中央にある千鳥飛行場を制圧して日本軍を南北に分断しました。21日から22日にかけて予備隊を投入して島南の摺鉢山と島北の元山飛行場方面に兵を進め、23日全島を観測できる摺鉢山を攻略しました。
 以後、千鳥飛行場を修復しながら、26日元山飛行場を制圧して千鳥飛行場を運用可能にしました。これ以後日本軍は北部の地下壕に後退しましたが、米軍は降伏しない日本軍の万歳突撃を警戒しつつ、地下壕に黄燐発炎弾を投げ入れ煙で探った出入口をブルドーザで閉塞していき、守備隊の半数以上の日本軍を壕内死または壕外死させました。
私たちは、活動の前後に黙?して収集した戦没者の方々のご遺骸を持ち帰り、弔うこととなります。

天皇陛下御即位奉祝県民祭り 12月8日(日) ANAホテル及び大街道特設会場

 10:00〜16:00、ANAクラウンプラザホテル松山で、奉祝式典が日本会議主催の下開かれ、会長以下数名の会員が参加しました。大街道特設ステージでは、聖カタリナ学園高校及び松山南高校吹奏楽部の演奏、日舞、津軽三味線と和太鼓、腹話術、愛媛県剣道連盟による日本剣道形、居合道演舞、杖道形演武、山口采希のライブ等が行われました。

九軍神慰霊追悼式 12月8日(日) 伊方町三机・須賀公園





 12:00〜三机青年団が、何の補助も受けずに長年にわたり行ってきました。例年は青年団各自に仕事があるため、仕事が終わった後の夜18:00から行われていましたが、今年は日曜日にあたったため、12:00から行われました。杉本副会長以下6名が参加しました。

第110教育大隊25km行進訓練応援 12月3日(火) 重信川堤防

 9月末に入隊した自衛官候補生9名の行進訓練を10名の会見が応援しました。すっかり逞しくなった新入隊員は元気よく行進していきました。

養護老人ホーム餅つき支援 12月1日(日) 今治桜井荘

 今治連合会長以下有志10名が参加し、餅つき支援を行い大いに喜ばれました。音楽隊員が1名参加し、サックスで演歌等を演奏して楽しんでいただきました。

隊友会忘年会 12月1日(日) 道後大和屋本店
















 17:00〜19:00、80余名が参加して、盛大に催されました。会に先立ち、白形事務局長に対する瑞宝小綬章のお披露目と有志による記念品贈呈が行われました。
 愛媛県知事代理矢野等氏及び元愛媛県知事加戸守行氏をお迎えし、和気あいあい楽しい時間を過ごしました。会の最後には「同期の桜」を大合唱して締めくくりました。